キリ
今何してる | |||||||||||||||
(1)神戸市立 |
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(2)ドイツ、ルクセンブルク、ベルギー、オランダ旅行10日間の旅行記 | |||||||||||||||
今まで何をしてた | |||||||||||||||
マリヤさまの本を書こうと思ってセカンドライフのマンション管理人を辞め 原稿をワープロしていた。76歳にして書けた気付きがあった。仕上げた。 |
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十字架の奥義:狂気 | |||||||||||||||
紀元3000年への「道すじ」として | |||||||||||||||
アロン家の姫マリヤさまの名を忘れその道が続くとは思えない。 2023/2/6、2/7 |
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「マリヤさまがただの |
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「見聞を広めよ」のイタリヤ、スペイン(2016/10/31) | |||||||||||||||
このサイトは、2009年の暮れ頃から「キリスト教の説明書」としてスタートした。キリスト教について聞きかじっていたことを書こうとしたもので、そう続くはずのものではなかった。最初の頁には日付や名前をを入れなかったが、途中から「誰がいつ書いた」かを書いておく必要を感じた。そして、「ルカによる福音書」の冒頭のテオピロが誰かわかった時に、わたしは「こちらへ」と、今に続く道に通されたのだった。そして13年が経過した。今なお「気づきは」続いている。だが、わたしの先は見えている。このサイトの核心を「物語」として本にまとめておきたい、そう強く望むに至った。2013/2/20 | |||||||||||||||
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聖書は副読本 | |||||||||||||||
(1)取説13年目の眺望 | |||||||||||||||
アロン家最後の姫ぎみマリヤさまに臨んだ「処女受胎」により、 アロン家最後の男子、生まれながらの大祭司イエスが誕生した。 その大祭司が「人が人の罪を負う」という秘蹟「苦杯」に耐え、 木に架けられて、汚血排出の悦びのうちに落命した。ここに、 時代と民族を超えた「狂気という罪」の「あがない」が完成した。 マリヤさまとクレオパはその福音を伝えるべくローマに向かわ れた。割礼とは無縁のマリヤさまには、ユダヤ人への 義理は薄い。これがカトリック教会の始めである。 2023/1/19、1/21、2/5 |
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神父の |
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このシンプルさにこそ、福音の価値と「聖書」の全体がある。 | |||||||||||||||
(2)出発点は50年前の26歳 | |||||||||||||||
なぜ「大きな聖母子画」 その問いから50年、わたしはその答の上に立つ。 |
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(3)「宣教」その使命の再自覚 | |||||||||||||||
「今のは、お経ですか?」 吟詩中に5人の少年少女が前に来た。 「ありがとうございました」、「さようなら」 その場から立ち去る時にはほっこりと。 2023/1/28、2/5 |
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「マリヤさま」著作への助走 | |||||||||||||||
2022/06/26三人で大阪の玉造教会に行った。梅田のイタリアンで昼食した。「お父さん、10年も待てない」と言われ、「ひとりよがり」&取説のマンネリ化を思った。2022/06/26からの1年間は著作活動に専念するため、取説の一般作業は「休止」する。その決意を全うするため、15年目になる「分譲マンションの管理人」を辞め、にわか作家となる。 | |||||||||||||||
[項目](1)「マリヤさま」著作への道筋(1)、(2)「マリヤさま」著作への道筋、(3)「マリヤさま」原稿の着想、(4)聖母子「マリヤさまとイエスさま」、(5)「マリヤさま」著作の資料、(6)2022/11/05の午後、(7)「手帳と日記」購入 、(8)「福音放送の録音から」、(9)浪速管理「2023/1/16退職」 | |||||||||||||||
キリスト教思想の統合者 | |||||||||||||||
教皇に捧げる「宗教ルネサンス」 哲学思想の分厚い雲を晴らし「聖母子」信仰の復活 「子よ、あなたの罪はゆるされた」 2022/2/10 |
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この取説が、「キリスト教思想のひとつになる」、そういう気がする。今は、どの教会にも属さず、この「取説」制作の日常がある。自分に代わる「ささくら修道会」を創設し、この「宣教」を続けたい。 | |||||||||||||||
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「サイトの目的は「智」と「従順」との区別」 | |||||||||||||||
「処女受胎」までの100年間、激動の世界情勢 | |||||||||||||||
捕囚から帰還した南王国の子孫は、ペルシャ王の統治下の「ふるさと」に、律法に基づく「ユダヤ人」の自治区を立ち上げた。まもなくそのペルシャはアレキサンダーに破れ、パレスチナに誕生したギリシャ系王朝の干渉を受けることになった。それに反発して武力闘争を行った「祭司」の親子が粘り強く戦い、ついに「独立」を勝ち取るに至った。そのマタティヤの子孫は武力を持つ事実上の王となったが、12部族ではなく、レビ族であったから王を名乗ることはできなかった。そこで棟梁たるアロン家の称号「大祭司」を名乗った。そしてその家名を「ハスモン」とした。 その大祭司のハスモン家は「王」として君臨した。ユダヤにも侵入したローマ軍は、武力闘争を繰り返すユダヤ人の精神的支柱が「ハスモン家」であると悟り、親ローマのヘロデを使い、滅ぼしてしまった。代わってヘロデが王となった。ヘロデはローマに留学して石造りの建築技術や兵の用法などをアグリッパ将軍から教えられていた。2023/3/20 |
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聖書と「アロン家の聖母子」 「取説」13年目の到達点 |
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「取説」の二番目にこれを置いたのは、読者に以下を読み進める価値があるかどうかを判断してもらうためである。「望まない」ものを読ませられるのは苦痛であるし、時間の無駄である。2022/6/19 これは既存のキリスト教諸思想の整理統合ではなく、「ルカによる福音書」と「旧約聖書の罪」とを関連付けて得たアロン家の名跡「大祭司」が「永遠」の誉れを得たことを読み解いた証とするものである。それに気づいたのがイエスを殺した律法外の大祭司や祭司長たちではなく、異邦人にしてローマの軍人クレオパである。だから、ここに書いてあることは今の世間では通用しないかも知れない。ここしばらくは人に言わぬことをお勧めする。2022/12/28 | |||||||||||||||
「取説」の目的は、読んでわかること みなさん読んでますよ |
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「これほどの信仰」はイスラエルの中にも (カトリック教会創設者のこと) |
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(1)「異邦人による聖書の物語」この取説の出発点 (2)「おもうがままに」の権能 | |||||||||||||||
(3)「ささくら修道会」の宣教理念 (4)信仰にも目的と証拠 (5)「パウロの手紙」神学 | |||||||||||||||
(6)「哲学」混沌と彷徨 (7)「ダビンチ・コード」興行と収益 | |||||||||||||||
「処女受胎」の聖書![]() |
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(8)狂気という名の罪 (9)信仰の即時報道 (10)神は生ける者の神 (11)イエス・キリスト (12)口語訳聖書の由緒 (13)マリヤさまの結婚問題 (14)奇跡「処女受胎の」聖母子 (15)「聖霊降臨の順番」その後 (16)「苦杯」罪の負い方 (17)罪がない者 (18)聖母マリヤ被昇天(ひしょうてん)のこと (19)イエスの墓はシェルター (20)イエスと「人の子」 (21)福音書の外典 |
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わたしたちの「聖書」 | |||||||||||||||
(1)四世紀、単一皇帝コンスタンティヌスの統治下、聖書はエジプトの「智の都」の誉れ高いアレキサンドリヤで生まれた。その中心は「ヨハネによる福音書」であった。他の3福音書はローマのものであり、ローマに文句を言わせないためのものであったが、アレキサンドリヤ風にアレンジされている。(2)わたしたちの聖書は「口語(こうご)訳」 | |||||||||||||||
異邦人による聖書の物語(U) カトリック教会の創設者「クレオパとルカの物語」 |
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分割統治の「東方」はギリシャ的「智」 | |||||||||||||||
いくつかの「東方教会」のページを集約 | |||||||||||||||
(1)「東西」分割統治 広大なローマ帝国の版図は分割統治されることが多かった。その影響は教皇を頂点とするピラミッド型組織のキリスト教にも及んだ。すなわち、東方のエジプト・アレキサンドリヤ教会は、西方のローマ教会から距離を置くようになった。「ヨハネによる福音書」をつくり、マリヤさまの名を「イエスの母」に封じ、イエスさまをぺらぺらしゃべる「哲学者」に貶めた。だが同時に、「智」のアレキサンドリヤに福音書ラッシュが起った。 (2)皇帝は「 4世紀にコンスタンティヌスが単一皇帝に就位すると、アレキサンドリヤ教会は皇帝に新都建設予定地の視察を兼ね、ニカイア公会議開催を懇請した。目的は「新約聖書」を制定して「福音書の氾濫」を抑止することであった。新都建設は皇帝が「パンとサーカス」で堕落したローマを見限ったことにあり、皇帝はギリシャ的「智」の「東方教会」に期待した。 |
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マリヤさまの母「アンナ」について | |||||||||||||||
2023/3/4(土)ふと「マリヤさまの母はアンナ」だったかとふと思った。それでまた新しい気付きかとWeb検索した。そして、その根拠は「ヤコブの原福音書」だと分かった。それは、福音書の作成ラッシュがアレキサンドリヤで起ったと分かってすぐのことになった。この書は「外典」とされ、聖書には含まれていない。聖書作成時の「焼却処分」を逃れたものに違いない、そのように判断できた。つまり、福音書ラッシュの物には「根拠」がなく、「考えた」ものなのである。「マリヤさまの母」についての着想は、自慢できるアイデアであったろう。 | |||||||||||||||
イスラムについて | |||||||||||||||
神はアラーおひとりにおわす。戦士は最高の信者にして戦死者には約束されている。ばちあたりなエジプトの偶像の町々を破壊せよ。ヨシュアの戦は部族への領土分配で収束したが、イスラムの戦には収束はない。侵略をとどめるものは、聖母マリヤの軍勢、イスラムをしのぐ武力のみ。 | |||||||||||||||
641年にエジプトのアレキサンドリヤを攻め落としたイスラムは瞬く間に北アフリカを席巻(せっけん)し、ジプラルタルを渡ってスペインを侵した。ローマ帝国の版図はアラーの侵攻に縮小し続けた。そして1453年、ついに東都コンスタンティノープルが陥落、ローマ帝国は終わった。 | |||||||||||||||
以上が「取説」の本体 | |||||||||||||||
以下はキリスト教世界の広がりです。2020/11/23 | |||||||||||||||
ささくら修道会 | |||||||||||||||
キリスト教世界 | |||||||||||||||
(1)取説作成の「依頼者」 | |||||||||||||||
気がついたらキリスト教の説明書を作る道に出ていた。その道の入口はテオピロが誰か分かったときに見えた。その道は私を高みに導き続ける。説明書の名前は、「笹倉キリスト教会」とした。Webの説明書がおぼろげながらもその姿を現した時、カトリックとプロテスタント以外に、新約聖書の中にすら、さまざまな立場があることに気づいた。何が出来上がるのか説明できない今現在では、この説明書を認定する既存の教会はないと思う。しかし、この説明書の作成が見えざる権威によって導かれていることは確かなのだから、(ささくら宗)聖母マリヤ福音教会を設立した。通称「オリジナル教会」の権威により、このキリスト教説明書は作成され続ける。 | |||||||||||||||
オリジナル教会 | |||||||||||||||
総合「メニュー」 | |||||||||||||||
カトリック教会記事 プロテスタント 「ささくら聖書大学」 など | |||||||||||||||
(2)キリスト「教」ではなく「教会」の重み | |||||||||||||||
この説明書を作り始めて、いつの間にか8年を経過したが、まだ道半(みちなか)ばのような気がしている。それでもキリスト教会というのは、この世にひとつで、それは「ローマ教会」という結論は得た。その教会は、今は「バチカン市国」という、狭いながらも、俗界におけるひとつの国家として、また聖界という、俗界の国境を越えた存在として、全世界のカトリック信者を統括している。 | |||||||||||||||
(3)聖典には「口語訳聖書」+αを指定 | |||||||||||||||
わたしが初めて手にした聖書のタイトルは、「聖書」だった。しかし、その後買ったものには、「口語訳聖書」とか「共同訳聖書」とかの余分な文字がついていた。 | |||||||||||||||
(3-1)「+α」はバルバロ訳(旧約)差分 | |||||||||||||||
わたしは一冊の毛色の違う聖書を持っていた。神父さんが訳したものだった。ある日、ふと文書名の比較表を作ってみる気になった。口語訳聖書の文書名一覧の横に、その本の文書名を入力した。すると、旧約聖書のいくつかの文書が、口語訳聖書にはないものだった。不思議な感動があった。そこで、それらの文書を、新たに標準に加えたのだった。 | |||||||||||||||
マカバイの書上 ハスモン家のルーツ |
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この文書を読めば、ヘロデ大王の直前まで、ユダヤを統治していたのがハスモン家であったことの源流にさかのぼれる。ヘロデが恐れた救い主の誕生は、その大祭司一族の残党としてであることがわかる。幼児大虐殺は、その意味で、確かに人々の口にのぼった出来事であろう。「マカバイの書下」は「上」とは何の関係もない別物である。 |
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ユディトの書 ミケランジェロの生首 |
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システィーナ礼拝堂の天井画のひとつに、女が男の首を盆にのせているものがある。それがこの書の主人公「ユディト」である。口語訳聖書には載っていないので、普通の日本人には意味がわからない。それも当然である。 | |||||||||||||||
(4)ミチオ書 | |||||||||||||||
藤沢道郎(著)「物語 イタリヤの歴史」の副題には「解体から統一まで」とあった。それが「分裂から統一まで」の思いにつながった。「智」がもたらした混沌を廃し、人が人の罪を負い、それをあがなったことを信じる人々、「み心にかなう」人々のためにこそ「宣教」という労働する。その宣教組織に思いをはせさせてくれた。 | |||||||||||||||
所感:「使徒行伝」に続くイタリヤ2000年への思い | |||||||||||||||
「物語イタリヤの歴史」の扉 (1)時代を代表する10人の歴史物語とゆかりの都市、(2)遺稿8人の人物列伝 |
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「教皇とイタリヤの歴史年表」 歴代教皇とその時代の出来事の一覧表 |
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「イタリヤ歴史物語」の都市 「日本旅行」観光ツアーに参加、トリノを除く諸都市を巡った |
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(5)プラットホームとしての文学 | |||||||||||||||
「モンテクリスト伯」の扉 アレクサンドル・デュマ、(訳)山内義雄、岩波文庫 | |||||||||||||||
時代背景は、ナポレオンがエルバ島に封じられ、ヨーロッパに平和が戻ったかにみえた時代であり、物語は、皇帝がフランスに返り咲こうとする「陰謀」に、海員だった青年が巻き込まれていく場面から始まる。イタリヤに統一国家の機運が高まる歴史背景とともに物語りは展開する。ローマの記述では、著者がそこに滞在していなければわからないような記述もある。いわゆる「小説」は、空想ものであるのに対し、この本は著者が存命していた時代の「歴史」をふまえている。 わたしがこれまでに読んだ本の数は、ほんの少しで、どの本がいいかというのははばかれるが、わたしを基準とすることを許してもらえば、これを必読書とする価値はあると信じる。とくに訳がいいと思う。わたしはおりにふれて、何度もこの本を読んだことがあるのだった。このほかにも、ご紹介したい文学や映画の作品がある。 |
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「ささくら聖書大学」 口語訳聖書全文、ギリシャ神話、ソクラテスの弁明、アエネイス、コーラン |
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「キリスト教圏の学術」 文学、映画、聴講テキスト |
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2020/2/18-2/27「イタリヤ浪漫10日」(株)日本旅行 | |||||||||||||||
以上 | |||||||||||||||
おとなの聖書解釈にもとづく 「キリスト教会のための取説」 |
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ささくら修道会の宣教理念 | |||||||||||||||
知ったことが行動に移されなければそれはただの「智」にとどまる。取説を読んだ者に何の変化ももたらさずミサへの出席につながらないならばそれと同じ、単なる出版事業にとどまる。しかし、行動に移すには、わたしは歳をとりすぎている。だからただの「理念」にとどまるのだろうが、思い浮かんだことなのだから書いておく。付記 2023/3/20 | |||||||||||||||
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十字架の奥義:狂気 | |||||||||||||||
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旧約聖書 | |||||||||||||||
正雄の子、 まさよしの「自分に読む」あれこれ すべてが記憶から消えてしまわないうちに。潤っていたあの頃の幸福。 |
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わたしは1947年生まれだから、このサイトを手がけだした2009年当時は62歳かそこらだった。今からすると、まだとても若かった。月日はまたたくまに過ぎ行き、老いが増し、作業効率はどんどん落ちていくけれども、それでも足は止めない。昔、兄弟3人で乗鞍岳にバスでのぼり、頂を目指して数百メートルぐらいを歩いたが、砂利の坂道で、靴がすべって、歩行効率が落ち、不快であった。それでも足は止めなかった。 今まさにそのようであるが、視野はかつてなく広く、「さあ、こちらへ」と促されている気もして、それは心強い。もうやり直しのきかない道を、行き着けるところまで、と歩む。今、パウロの「ローマ人への手紙」を読み直しているが、ふと、自分は誰とも競争しなかった、と思うことがある。 若い人よ、わたしの仕事に未完のものがあれば、それはあなたがたにゆだねたい。「ささくら修道会」 |
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(6) |
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分譲マンションの共用部は管理組合を結成して管理する。60歳で41年間勤めた会社を定年退職したわたしは、分譲マンションの管理人をセカンドライフの職業とした。なぜ管理人という職を選んだのか、話せば長い。その職業は確かに自分の意思で選んだと思った道だったが、自分の意思だけではない気がしてきた。マンションの管理組合、管理委託会社、管理人が連携した分譲マンション管理の運営から学ぶものは多々ある。 なぜ今、このトップページにこのようなものがあるのかと言うと、ここに、キリスト教の説明書作成に至る「見えざる門」が存在した証(あかし)となるからである。わたしは、その門を入り、導かれるままに従い、視野を広げ、それを書き留めているのである。 まさよし「あなたの職業は何か」 |
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60歳の定年後15年間続けた「分譲マンションの管理人」を2022/12/20が期限の契約の更新を求めず辞することにした。18歳で工業高校卒業し、大阪市の総合機械メーカーに職を得て、75歳の今日(こんにち)まで働き続けたが、この時に至って「無職」となる決断をした。そして1年の期限を設けて「マリヤさま」を書こうとする。2022/7/28 わたしは無職となったのではなく、作家となる決断をしたのである。2023/1/16付けで株式会社浪速管理を退職したから、翌日からわたしは「作家」になったのである。その初仕事が「マリヤさま」である。2023/2/1 |
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(7)不思議がなるほど「パソコンの取説マンガ」 | |||||||||||||||
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工業高校生のころから、あるいはもっと以前から、技術など見えないものを、見えるようにマンガで表現しようと思った。8ビットマイコンが登場し、職場でそれを応用したシーケンス制御が製品にされた。それまでのリレーシーケンスは、制御の流れを目で追うことができたが、マイコン制御ではインプットに対してのアウトプットしかわからない。制御のプロセスは、ソフトウェアであって、目でそれを追う事は、専門家でなければできない。 取説は、8ビットCPUの不思議から始めて、SQL Server2000を使ったクライアントサーバーに到達した。「えつこ」と結婚して、8ビットの原稿が本として出版された。わたしは「えつこ」を「あげまん」だと思った。あっという間に33年が過ぎた。 「キリスト教の始め方」とか、「マリヤさま」とか、自分流のマンガを描いてみたいとは思うけど、その機会があるかどうか、今の自分にはわからない。 |
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(8) |
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○ 別サイト「ニフティのブログ」 ○ トップメニューの履歴 (2012年 ) (2018年) ○「聖母マリヤ福音教会」の展開について(初期の構想)今日、思いがけずこの画面を開いた。シンプルなものだった。「ほう、最初にそのようなことを考えたのか」という思いを持った。2019/1/18 | |||||||||||||||
○ 預金口座「(笹倉宗)聖母マリヤ福音教会」お金のことで悦子をハラハラさせないために家計と分離したもので、グループ制のある口座を作れないものか、そう考えて職場の近くの「上山手郵便局」に行って聞いてみた。「規約を作ってもらえれば検討します」とのことだったのでワープロした。そうしたらすぐに認められた。2012年3月のことだからWebも大した記事ではなく常識的なものだった。その資金の一部は、贈呈聖書やイタリヤ旅行にも使われた。 | |||||||||||||||
(9)「まさよしのばあい」自分に読む物語 | |||||||||||||||
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父は66で、母は76でこの世をみまかった。わたしは今71、今年は72になる予定だが、62の時に、この説明書を作り始めた。今までの説明書と違うのは、その制作期間が無限のように思えることだった。だとすると、それはこの世だけでなく、あの世でも何かしないといけないような気になる。それはともかく、今はあれこれ考えている暇はない。 わたしのeva(エバ)であるえつこは、わたしの仕事には口(くち)をださない。「おとうさんのしたいことをしたらいい。おとうさんのしてほしいことは何でもしてあげたい」、と言うのだった。彼女は、自分があまり食べないものでも、おかあさん(わたしの母)の作っていたもので、おとうさん(わたし)が食べていたものということで、にしんの昆布巻き、らっきょうの酢漬け、スライスしょうがの佃煮、しめさばのにぎりなどを、ときおり、今でも作ってくれる。 今年は76歳だった母の歳に並んだ。三男の聖三が死んだ。胃がんの全摘出をし、5回の抗がん剤治療で廃人のようになった。そして何回も転倒し、脳挫傷を起こし、入院治療の甲斐なく死んでいった。抗がん剤治療は「治療」じゃない、そのメッセージをわたしに残した。この「自分に読む物語」はもう要らないかと考えた。だが、それを書いた日々が思い出された。それも自分が使った「時間」の一部に他ならなかった。このサイトのある限り、残ればよかろう。今日は2023/8/15(火)、著作のため会社勤務を辞めたので、曜日には無関係の人のひとりになった。いまだ原稿の推敲中、本の名前は「泣虫聖母マリヤさま」にした。自費出版する。 |
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(10)医療のおかげ | |||||||||||||||
わたしは医療者の技量、医術、医薬品などに助けられ、後期高齢者に達した今日、今なおこの取説の完成を目指している。その一番最初の記憶が、小学一年生の夏休み直前、栗の木から水のない砂利の小川への転落事故だった。しばらくして気が付き、起き上がったものの、右腕が動かず、ぶらんとした状態のまま家路についた。ケガの心配よりも父にしかられることの方が気になった。「どうして栗の木なんかに登ったのだろう」、その軽率さが悔やまれた。わたしを見た父は何も言わず、わたしを自転車の後部座席に乗せ、西脇の飛田医院につれて行った。複雑骨折だった。 そして夏休みの一ヶ月間を入院で過ごした。担任の堀沢先生が「フランダースの犬」という絵本をくれた。退院の日、一万円という大金を払う父の姿に、わたしは言葉がなかった。「お父ちゃん、ごめん」。飛田先生の技量によって、まさよしの腕は完治して、マンガが描ける。レントゲンを撮ると、今でも右腕の肘(ひじ)に針金が写り、お父ちゃんにかけた負担の記憶がよみがえる。でも懐かしい、とても。 |
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パスワードの気持ち | |||||||||||||||
Javaスクリプトが原因の警告問題などで、パスワードの設定は「全部」取り消しました。 | |||||||||||||||
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「オリジナル・チャーチ」 | |||||||||||||||
Site owner Masayoshi Sasakura | |||||||||||||||
2009年9月より「笹倉キリスト教会」制作開始 2013/2/14、2013/3/10(オリジナル教会)、2013/3/25、 2013/3/28(万民)、2013/7/11(説明文追加)、2013/9/30 2014/6/2(ローマの地下墓所)、2014/7/5(二回目の旅行) 2014/7/9(掲示板の記述削除)、2015/2/8(整頓)、2015/2/11(推敲) 2015/3/31、2015/7/9(1)の説明を推敲、2017/11/22(大阪天神祭削除) 2018/6/2(リンク・タイトル変更)、2018/6/25(パスワードの気持ち) 2018・12・07(推敲:=すいこう)、2018/12/31(軽微な文言変更)、2019/1/3 2019/1/9-10(メニューの構成を見直して集約) 2019/2/15(項目名見直し)、3/30(俗界と聖界を挿入)、2019/8/21、8/30「おもうがままに」 2019/11/25(折り返し点)、11/26、2020/4/2(聖母子画像)、2020/5/24(調整) 2020/6/14(「オリジナル教会」ロゴ・サイズ変更)、6/16(ロゴの位置変更)、7/3(軽微な修正) 2020/10/05(聖母マリヤの肖像画の大きさ)、10/18(異邦人による即時報道)、 2020/12/5「口語訳聖書の由緒」へのリンク、12/6、12/14(興行) 2021/1/29リンク先変更(取説の目的、煉獄)、2021/1/30「ミチオ書」藤沢道郎の著書を表に 2021/5/4(祝10th)、2021/6/15キリスト教会「のための」取説->「に行くための」 2021/11/30、2022/2/10、3/12、3/28「アロン家の聖母子」 2022/5/20、5/23、2022/6/11、12/9、12/10、12/11、12/29 2023/1/19、1/28「聖書はこのサイトの副読本となった」 2023/2/28(心身復調を自覚)、3/2、3/3、3/20、2023/8/15(自分に読む物語)追記 |
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ブラウザ事情 | |||||||||||||||
2021/3/11 4319MB(use) 5920MB(not used)、2023/2/28 5726MB 4513MB(not used) | |||||||||||||||
以下、保留事項 | |||||||||||||||
「答としての聖母子」 | |||||||||||||||
聖堂の「マリヤさま」、その答は「取説」作成の着手から12年経(た)とうとする時に得られた。すなわちマリヤさまは寒村(かんそん)の普通の女などではなく、「罪」にかかわることのできる唯一のアロン家の、その滅びから逃(のが)された「姫」なのであり、「処女受胎」の奇跡こそはイエスを最後のアロン家の男子、すなわち大祭司の資格を得させるためであり、人の罪を獣ではなく大祭司自身が負うためであった。そして、女と男とはそれぞれの使命を果たされたのである。そのマリヤさまを「無学な女」と見下(みくだ)したギリシャ的哲学者教会に「キリスト教」を名乗る資格は無い。2022/5/21 | |||||||||||||||
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答えとしての聖母子 | |||||||||||||||
「子よ、あなたの罪はゆるされた」 正雄と久子の子、ささくらまさよしの総括 |
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神父の言う「子よ、あなたの罪はゆるされた」の短い言葉の中にキリスト教は集約される。その有効性はアロン家の使命を果たされた聖母子に由来している。「智」はその由来から目をそむける。カトリック教会こそ「マリヤさま」を思い出し自らの使命を自覚しなければ、「聖書に親しむ」などと「おろかな智」に走れば、西暦3000年を待たずに分裂瓦解(がかい)する。そう石ころは叫ぶ。2022/5/21 | |||||||||||||||
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「子よ、あなたの罪はゆるされた」 | |||||||||||||||
2022年 | |||||||||||||||
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一見、職場と自宅を往復するだけの日々過ぎていくが、それでも少しは社会活動との関わりはある。その関わりの一端(いったん)を記事に残しておこうとする。 | |||||||||||||||
(11)放送番組 | |||||||||||||||
「取説」が完成したら、宣教の義務というか使命が自ずと生じるに違いない。カトリック教会の「使命」の初めは、マリヤさまの自覚であるだろう。それはマリヤさまに起こった処女受胎の奇跡が呼び起こした自覚である。アロン家にもう一人、しかも男子が誕生する。その子は大祭司の資格を生まれながらに持つのだ。アロン家による「罪」の解決、「獣」から「人」へ。それこそは「恵まれた女」と形容されたマリヤさまに与えられた使命の自覚なのだ。そしてその実現のチャンスは一度きりなのだ。「苦杯と十字架による罪のあがない」の成就、神父に言う「子よ、あなたの罪はゆるされた」とするカトリック教会のミサは、その事実を子々孫々に伝えているのである。 カトリック教会の取説ともなったこのサイトの記事は、Web環境に置かれているので、誰でも読むことができる。だが、Webには読んでほしいと望む人々に働きかける機能は無い。 プッシュ型の報道、それが宣教ではあるまいか。その宣教主体が組織であってこそ、活動の永続性が担保される。宣教の内容がキリスト教思想であれば、聖母子に関わることであればなおさら、統合者である教皇の裁可が求められるであろう。「ささくら修道会」の設立こそはその望みである。修道会に広告は要らないと思うが、ま、せっかくのアイデアだから、しばらく消さずにおこう。2022/6/13、6/15 |
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