ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ

 
問題点の考察
VA・VI・VU・VE・VOの、ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ表記は、わたしは、これを「悪」であると確信する。その理由は、日本語として、「美しくない」ことである。美しくないものの強制は悪にほかならない。また、

1)これは黙読表記であって、本来発音のないものである。よって、 ふつうの日本人には、発音できず、伝えるために、発音しなければならない場合は、戸惑うはずだ。ふつうの日本人は、これを「バ・ビ・ブ・ベ・ボ」と発音するしかないのに、そのようには公示されず、教えられてもいないからだ。

2)すなわち、日本語の発音レベルでは、「VA・VI・VU・VE・VO」と「BA・BI・BU・BE・BO」は共に、「バ・ビ・ブ・ベ・ボ」と発音するしかないのに、表記者すらそれを理解していない。

3)たとえば、「ヴェール」と書いてあるのを、黙読するだけなら、なんら問題は無い。オノマトペだからである。しかし、これを音声で伝えようとすると、問題が生じる。日本語レベルではこれを、「べーる」と発音するのである。アナウンサーはそうしている。しかし、この事実を知らないと、なんだかわけの分からないことになる。「ヴェ・ヴェ・・・」これを発音できないのだ。

そのあげく、つい、「う」にてんてんのあるやつ・・・などとわけのわからないことをいわされるはめになる。実にいまいましい。受信者が聞いて、それを、「ベール」と書いてしまうと、表記が違ってしまって、めんどうである。つまらぬことで、エネルギーを無駄遣いさせる、「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」が、悪でなくてなんであろうか。

4)点字を使う視覚障がい者には、もっと深刻な問題となるとは想像できないのだろうか。

5)そういうわけで、わたしは、「VA・VI・VU・VE・VO」のカタカナ表記は、発音と同じ「BA・BI・BU・BE・BO」の「バ・ビ・ブ・ベ・ボ」にしている。

5)もともと、ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ表記は、一部の言語学者、マンガなどに用いる特殊なオノマトペ表現が出発点であったはずである。一般的ではないから、それなりのステータスがあったし、表現の自由の範疇であり、悪ではなかった。しかし、どこもかしこもマネをすると、目立つ効果はなくなり、汚らしさだけが漂う。

汚らしいとは、美しくないということである。「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」と「バ・ビ・ブ・ベ・ボ」では、どちらが美しいと、君は思うだろうか。悪を拡散する者の人格と感性が問われる。

6)少しでも物の道理を考えられる者は、「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」表記は使わないと思う。
2014/9/29(月)22:00 (C) sasakura 2014/10/4(土)推敲
 
日本語変換ソフトの未熟
英字入力 Va Vi Vu Ve Vo
カナ変換 ヴァ ヴィ ヴェ ヴォ
ひらがな変換 ヴぁ   ヴぃ   ヴぇ ヴぉ
日本語読み
ひらがな
たとえば、「Va」をひらがな変換すると、「ヴぁ」と表示する。対応するフォントがないのである。この、「VA・VI・VU・VE・VO」を「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」と表記するように強制している者は、言語学のメカニズムを何も考えていないのである。おそまつ極まるのである。
 
イタリヤ語Vの発音記号
BA(バ行)と同じでよろしかろう。シンプルできれいだから。 
 
「じ」と発音のカナ2つ
「ダ、ヂ、ヅ、デ、ド」は、「Da、Di、Du、De、Do」とキー入力する。また、「ザ、ジ、ズ、ゼ、ゾ」は、「Za、Zi(Ji)、Zu、Ze、Zo」と入力する。ヂとジは、どちらも、「じ」と発音する。ヂの出番は少ないが、たとえば、オリヂナルを社名に使っている会社がある。
 
ヘボンさん
幕末にキリスト教伝道者の医師として来日した「ヘボンさん」ことヘップバーンは、聖書の日本語翻訳に苦労した。長年続いた「士農工商(しのうこうしょう)」の身分制度はそれぞれの階層の話し言葉であり、武家文書は一般的ではなかった。できるだけ、万民に通じるように配慮されたのが、ヘボン式ローマ字であった。明治時代に西欧に渡航した人たちは、当地の地名人名を、できるだけ平易な、日本人になじむ名前に翻訳した。

「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」 のような汚い文字を、知識の見栄ために用いんとする者は、ちょんまげ回帰の者であり、ヘボンさん以前に逆戻りである。
 
  

オリジナル教会(初代代表) 笹倉正義
正式名称:(笹倉宗)聖母マリヤ福音教会
2014/3/11、2014/9/29、2014/10/4、2014/10/18「じ」
2015/1/18ヘボンさん、2015/2/7(同左)