分譲(ぶんじょう)マンションの管理  

マンションの管理人という職業に関心のある方、分譲マンションを買おうと思って情報を収集している方、管理組合の役員の順番がそろそろ回ってきそうだが役員って何をするんだろう、できれば断りたい思ってる方、などなど。「分譲マンションの管理」に関心のある方のためのマニュアルです。
 
都島橋  
 

1.分譲マンションの広告に管理会社の記述
2.売買契約と管理に関する書類一式
3.専有部の引渡し(鍵の受領)→サービス点検期間
4.マンション管理人登場
5.マンション管理人になるには
6.初代の管理組合役員
7.理事長になろう
8.理事会
9.監事
10.総会
11.管理会社(委託契約と重要事項説明)
12.管理事務所
13.「その件、絶対反対」について→民法から区分所有法へ
14.水道料金について
15.各種設備点検と清掃作業
16.駐車場、バイク置き場、自転車置き場
17.第3者の利用(賃貸など)
18.ゴミについて
19.住民とのかかわり方
20.マンション揉め事(ペット、騒音、布団たたきなどのマナー違反)
21.管理組合と自治会
22.「(中古)マンションを買うなら管理を買え」とは
23.管理業務フレームワークの一例
24.法律
25.管理人の情報処理技術
26.工事費横領問題
27.防火管理者
28消火栓の使い方
29.管理人の心得「情にほだされるな」(2018/10/26)

 
制作開始は、2009年11月ごろ 笹倉正義
2011/5/15、2018/9/25(下の写真)、2018/10/26、2018/10/28、
2021/8/14、8/17
 
 
梅田のハローワークを通じて就職した「マンション管理人」は、新築物件のオープニング・スタッフだった。竣工の一ヶ月前に採用されて、既存の3物件に「実習」に通った。あとで考えたらこれは異例の好待遇だった。竣工に先駆け、業者による各設備の説明と鍵の引渡しがあった。二棟あり、敷地も広かったし、毎日残業していた。

それが、一年ちょっとで異動になり、今の物件では残業がまったくなくなった。それで帰宅後の時間を持て余し、ふと「説明書」を作るつもりになったのだった。インターネットが社会インフラになりつつあった2009年。
 
 
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ファイルの作成日
ページの作成当初は、作成日付や名前の記載には注意を払わなかったが、それが遠い過去になりつつあると、それはいつのことだったのだろうということになった。今回ページを読み返すにあたって、その時点で残っている日付の一覧を作った。
 
サイトの構成
 
 
 
取説はウェブ・サイトの時代
 
アフター・ファイブの時間の使い方
わたしはアフター・ファイブ(退社後)の時間を使って、マイコンやOSの説明書をマンガチックに書いて、出版してもらったことがある。だが、インターネットが社会インフラになりつつあった2000年以降、その手の本は書くことがなくなった。40年間ほど勤めた会社を60歳で定年退職し、目標にしていた分譲マンションの管理人に職を得た。そして、これ以上は望めないという日々の環境に置かれた。最初に勤務した物件では残業が常だった。次に、宝塚の高台にあるマンションの「住み込み管理員」が怪我で入院したため、一ヶ月ほどの間、通勤した。現在勤務している三番目の物件は、戸数が少ないので清掃を兼務するが残業はなくなった。アフター・ファイブに空ができた。

そこでまた、説明書を作ろうという気になった。

「分譲マンションの管理」の取説を
分譲マンションの共用部がどのように管理されているのか、そこに住んでいる人さえ知る人は少ないだろう。そしてそれは法律に基づいていることも。担当している「管理人のお仕事」といことだけではなく、「分譲マンションの管理」として、わかりやすい説明書を作ろうという気になった。

そういう気になったのは2009年、管理人になって2年目、62歳の時で、まだ気が若かったからだろうと思う。

自分も分譲マンションに住んでいるが、共有部の維持管理は管理組合担当していることを知らずにいた。管理組合は区分所有者全員で組織されている。住居購入時に自動的に組合員になっている。各住居の所有者は、「区分所有者」という。全員が組合員となることは「区分所有法」という「法律」で定められている。

新築時に購入して10年ぐらい経って、その時の理事長から勧誘され、副理事長を1年、自動的に理事長を1年務めた。その経験で、初めてマンションの「運用」の一端を知ったのだった。そして今は、その理事長経験に管理人の視点を加えた説明書が書けるだろう。

その作業は、それまでのアフター・ファイブの使い方「習慣」の延長に違いなく、抵抗もストレスもない。

本ではなくウェブ・サイトに
しかし、もう紙に書く時代ではないという気がした。第一その読者は限られているであろうし、「本」にできるようなものでもない。「情報はインターネットで」それが当たり前になる時代の幕が開けようとしていた。

その最初のページをいつ作り、どのサイトに置いたのかはもう思い出せない。アルダス・ページメーカー」というソフトの名前が、違っているかも知れないが、なぜか脳裏に浮かぶ。そして、IBMホームページ・ビルダーを使って、初心者ではあるが、ページを作成し始めた。

そして、パッケージ・ソフトからサンプルを選んで、ボタンの並んだ「トップ・メニュー」を作った。そのボタンにリンクするページの名前を付けた。その時の画面を見ると、「分譲マンションの管理」は上から4番目だった。ボタンはあと二つあった。

取説は「キリスト教」にチェンジ
その5番目に「笹倉キリスト教会」という名前を付いている。妙な名前の付け方だけれども、この頃は「カトリック教会」にも「プロテスタント」にも「承認」なしで作るものなので、それ以外の権威を意識したのかも知れなかった。それはともかく、ページ作りは続いた。その時、ふと「カトリック」でもない「プロテスタント」でもない教会をイメージしたようだ。そして郵貯銀行にサークル活動の規約を作って口座開設を認められ、「(笹倉宗)聖母マリヤ福音教会」としたのだった。

口座開設は家計の公私を明確にするためだった。布教活動と称して集金するためのものではない。そうなのだ、「ウェブ上にキリスト教の説明書を置いて、誰でも読める環境を作りたい、それがサークル活動の目的」と規約に書いていた。今もそのサークル活動の最中(さなか)ということなのである。

聖書の確定「文語体と口語訳」
最初に、複数の日本語訳から、取説のための聖書を確定した。聖典としての聖書に「新訳」はそぐわない。それから、その聖書をテキスト入力する作業を始めた。途方もないことに思われたが、やり遂げた。モンテクリスト伯、イタリヤの歴史も試みたが、中断している。イタリヤ旅行記も中断状態である。

「いつの間に過ぎたのだろう」、とは、どこかで使ったフレーズだが、ついに、キリスト教の御利益(ごりやく)が確信できたとき、わたしは74歳になっていた。

12年前のページのリンクを再構築
そして今、三日ほどかけて、この「分譲マンションの管理」を見直した。見直しは、文面、新たなページの追加ではなく、ページのリンクを見直したのだった。日付の入っていないページもあったので、ファイルの日付を参照して、最初の日付ではないかもしれないが、書き加えた。そして、それらのページ全部に「答えとしての聖母子」を置いた。

残された時間を使い切る
キリスト教会の「取説」作成は、アフター・ファイブ事業の最後の仕事になる。しかり、残された時間を使って、「望み得ないことを望みとし」の心意気で、その作業は続けられている。クレオパとルカの信仰と行動に思いをはせながら、聖母子と教会、キリスト教の文化をまとめて完結させたい。
2021/8/(17、18)