処女受胎(しょじょじゅたい)の目的  

ルカが巡礼者の宿に着いたとき、男装の女性が、弟子たちを教えていた。ルカは生前のイエスの顔と所作を知っていた。その女性はまさにイエスだった。というよりは、彼は最初に「イエスが生きている」と衝撃を受けたのである。その「違ったイエス」が弟子たちに、「苦杯と十字架」そして「復活」の意味を、聖書に基づいて教えたことこそは、キリスト教、ひいてはローマ教会の誕生に欠かせないことだったのである。
 
「違ったイエス」の役割に思いいたすことこそは、ルカが「処女受胎」を自らの報告書の冒頭に置いたゆえんなのである。報告書の献呈の辞に書かれたテオピロはカペナウムの百卒長である。彼は合理性を重んじるローマの軍人であり、報告書には合理性が求められる。だが、イエスとその母に関する調書において、「合理性」と「神秘」とが見事に調和した「聖母子」の神聖をテオピロは受け入れた。

そして、アンテオケに招聘(しょうへい)した「違ったイエス」すなわちイエスの母マリヤの解き明かしを聞いたとき、アラム語ではなくギリシャ語であったことでなおさら、テオピロの心は内に燃えたのであった。それが「エマオ村」のエピソードの背景である。テオピロの本名(ほんみょう)はクレオパである。
 
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目次
(序)「処女受胎の目的」というよりは
処女受胎が記されたのは、聖書の預言の実現などではなく、「違ったイエス」がイエスの磔刑後に弟子たちを聖書に基づいて教えたことなのである。その彼こそはイエスの母マリヤに他ならなかった。その場面に、ルカは遭遇したのである。女が男たちを教えること、ユダヤ人社会ではあり得ないことだった。そこがルカの注目点となった。
(1)プロテスタント報道の「イエスの母」
すべての報道には目的がある。では「処女受胎」の報道目的は何だったのであろう。一般には、それは神の力を示すものであるとされていた。というのは、そのように暗示し、また平気で「神には何でもできる」という「ヨハネによる福音書を」信奉しているプロテスタントの影響が大きい。
(2)離脱を正当化の「聖書」
紙と印刷技術の発達により、聖書が安価に提供されるようになって、カトリックの聖母子信仰や単純なミサ(礼拝)から距離を置く者が現れた。そして、カトリック教会は無知な信徒を無知のままにして、自分たちの保全を図っているとしたのである。そして愚直なカトリック教徒を見下した。
(3)なぜ「処女受胎」なのか
だが、処女受胎は、その子はマリヤ自身から生まれた者であり、まさに「アロン家」の者に違いないのである。それがイエスが「罪のゆるし」を神にとりなす資格を有する根拠となる。
(4)証拠があってこそ、「処女受胎」
ではその証拠とは何であろう。それは二人がまったく同じでなければならぬと、ふと思わされた。ではそのことが、二人の相似が、宗教界の歴史を変えたこととどのような関連があるのであろうか。それが示されてこそ、処女受胎の証拠を求める意味がある。
(5)「顔認証」、ルカのプロフィール
カペナウムにはイエスの一家も住んでいた。カペナウムはローマ軍駐屯(ちゅうとん)のおかげで、繁栄していた。大工(だいく)仕事の需要もあった。ヨセフは他界し、長男(ちょうなん)であるイエスが働いて生計(せいけい)をたてていた。軍の仕事もしたかも知れない。イエスはダビデの子孫としてローマ軍からマークされていた。
(6)マリヤさま、ペテロの大変身
「使徒行伝」の前半にはペテロが大胆に語る場面がある。何の前提もなしにそれを読めば、無学な元漁師がどうしてそんなに変身できるのだ?聖霊降臨のおかげでは、あまりに神がかっているというものだ。ところが、ペテロたちが男装のマリヤから「講義」を受けていたとするなら、話は大いに現実性、すなわち合理的なものになる。
(7)母子の「顔認証」を30数年遡る
ルカの登場の30数年前、誕生したイエスを見たマリヤの夫ヨセフの安堵(あんど)と、その30数日後に母子を同時に見たシメオン老の驚愕(きょうがく)とがあった。ヨセフは処女受胎の証拠を見たのであり、霊感にうたれたシメオン老はかくも似ている母子二人の運命を預言せずにはいられなかったのである。
(8)「違ったイエス」は男装の母マリヤ
これを聞いた弟子たちから、自分の狂気がふっと消えた。すなわち、憔悴の気持ちが失せて、すがすがしい気持ちが体内に満ちたのである。絶望もどこかに消えてしまった。違ったイエスは、弟子たちの変貌を確認して、イエスの死の意味を聖句から解き明かし始めるのである。そして数日の後(のち)、異邦人の来訪が告げられた。
(9)弟子たちの復活と神の国
またそれは、ユダヤ人と異邦人との関係にも、なにかしら当てはまるものがあるだろう。すなわち、異邦人の方から手引きしてくれる者がいなくては、どうして異邦人社会に入っていくことができよう。そういう意味では、ユダヤ人がイエス・キリストを受け入れないからといって、異邦人社会に向かったというパウロの言動には無理がある。
(10)復活のイエスが「昇天」
男装されていたマリヤさまは、弟子たちをともない、ベタニヤの近くまで行かれたのである。そして、男装を解き、顔をかくし、ユダヤ人の女に戻られたのである。イエスの衣装を受け取り、着替えを用意したのは、ベタニヤの姉妹であろう。
(11)あがなわれた弟子たちに聖霊降臨
聖霊降臨は、神の力を現すものではない。処女受胎が普通の、妊娠可能な女性に起こったのではなく、「恵まれた」女性にして初めて起こったものである。そのタイミングが神のご意志なのである。
(12)「恵まれた男」僕(しもべ)ルカの報告書
彼は自分のことも、ギリシャ人のことも、聖母マリヤと女性たちのことも、福音書の表にはいっさい出さなかったのであるが、読むべき者が読めばそれは、あたかも宇宙空間のブラック・マターのように、見えずとも存在していることがわかるのである。しかも、その見えないものこそ、福音書のもう半分なのである。
(13)クレオパの決断「マリヤさまの招聘(しょうへい)」
そのアンテオケにあるクレオパの私邸で、福音書が詠まれたのである。そして、聞いた者たちに霊的変化が起こるのを見たテオピロは、イエスの母マリヤと女性たち、また希望者を私邸に招聘する決意をした。宣教の期待も」あったが、何よりもマリヤの保護を優先した。
(14)「いかがでしょうマリヤさま、一度クレオパに」
そこにルカが訪れたのである。そして、マリヤさまにクレオパの意向を伝えた。マリヤさまは、イエスのほめたとされる信仰の人の言葉に応じる意向を示された。「わたしは、割礼のない人々に遣わされるのだ。これこそ主のおぼしめしに違いないから、わたしは従おう。ローマ帝国の人びとに福音、「狂気のあがない」を伝えてみよう。
(15)「処女受胎」の神秘とイエスの資格
マリヤさまもイエスさまもユダヤ人であるから、律法を抜きにした「成就」というのはないのである。その律法の書には、「罪のゆるし」を神にとりなすことは、アロン家の当主の務める「大祭司」の永代の務めと書かれているから、イエスはアロン家の者で、しかも彼以外には男がいないという状況でなければならない。
(16)ローマ教会もまた「処女受胎」から生まれた
新約聖書の四福音書の中(うち)、「ルカによる福音書」だけが「処女受胎」を扱っている。それを書き記(しる)したのは異邦人のルカなのである。
(17)「処女受胎」を悟るまでとこれからの道のり
取説作成作業は、思っていたよりも遥か以上に「ルカによる福音書」による解き明かしをわたしに与え、聖母マリヤとイエス・キリスト、マリヤさまとローマ教会の関係が見通せる位置に導いた。
(18)「処女受胎」を侮る者たち
なぜ人々の微妙な感情を呼びさまさずには置かない「処女受胎」が聖書、「ルカによる福音書」に書かれたのか。それを何も考えもせずに否定する者たち、レオナルド・ダ・ビンチ、ダン・ブラウン、グーテンベルク、ダンテ、イスラムを取り上げた。彼らの侮りは無知のゆえである。宣教の矛先(ほこさき)は彼らにこそ向けられるであろう。
(19)「処女受胎」と「四つの賛歌」
この四つの賛歌は「ルカによる福音書」にのみある。マリヤ、ザカリヤ、天の軍勢、シメオンの賛歌で、文書の冒頭を飾っている。福音書は四つあるが、相反する記述があるので、あまたの類似文書から厳選されたものと思われる。だが、四つとも本当というのはなくて、どれかひとつが本当、あるいは全部がウソなのである。ここにとりあげた理由は、マリヤの賛歌の不可思議である。ユダヤの女性にとって「処女受胎」など迷惑千万(めいわくせんばん)以外のなにものでもない。なのに、どうしてマリヤさまは、その身におこったことを感謝しておられるのだろう。
(20)「処女受胎」異聞
コーラン、ベン・ハー、クオ・バディス、「ヨハネによる福音書」、叙任権のおごり、智のプロテスタント、ダ・ビンチ・コード
 
 
ここに、聖書の疑問はすべて解かれた
ささくら修道会
 
 
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「秘密」がベールを脱ぐためには
「ルカによる福音書」の冒頭に置かれた「処女受胎」の記事は、異邦人ルカが聖母マリヤに会っており、二人の間に特別な信頼関係が成立していた証(あかし)である。マリヤさまがユダヤ人にそれを語られることは、決してなかった。だから、二人の出会いがなければ、その延長線上にローマ教会はなかったと思わされる。テオピロとルカ、「違ったイエス」を演じられた聖母マリヤ、彼らの出会いこそ、合理性を超越した神秘、あるいは神意であろう。

マリヤさまは「律法」のアロン家の姫である。マリヤさま自身から生まれたイエスは、そのアロン家の嫡流である。律法には、アロン家の者のみが、「罪のゆるし」をとりなす権限を持つと書かれている。だから、処女受胎においてのみ、イエスにその権限があるのである。イエスが「あなたの罪はゆるされた」と言えるのは、彼がアロン家の者だからである。

「剣客商売」という時代劇が放送された。その番組のひとつに、マリヤさまとルカの関係を思わせてくれるものがあった。番組みでは近藤周蔵の妻おりくが大治郎に「あなたさまにのみ申し上げたいことがございます」と言うくだりがある。二人の間に、常ならぬ信頼関係が成立していなければ、彼女が夫の無念を大治郎に語ることはなかったであろう。
 
 
「聞き書き」に聖母とルカを思う
 
 
 
 
オリジナル教会の権能:「あなたの思うがままに制作してよい」
ページ制作者 (ささくら宗)聖母マリヤ福音教会代表 笹倉正義
略称:オリジナル教会
 
2020/10/27、28、29、30、31、11/1、2020/11/9、10、11、12、13、14、15、17
2020/11/24「申命記」22章、11/25「ナジルびと」、12/1「弟はユダ族」、12/16資格表
2021/3/17-(目次化)、4/22、4/23
 
 
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